ポール・マッカートニー

 ジェームズ・ポール・マッカートニーは、世界屈指のマルチ・プレイヤーとして知られ、ありとあらゆる楽器を専門の人以上に弾きこなすため、それが原因で他のメンバーと衝突することが度々あったそうです。特に、リンゴに「こうやってやるんだよ」とドラムの講釈をたれた件で一度解散しそうになっています。そんなポールですが、 実はファーストネームはジェームズで、父親も同じ名前のためミドルネームであるポールを通常の名前として用いています。 また彼はギネス世界記録において「ポピュラー音楽史上最も成功した作曲家」として認定されており、 1960年代、ロックバンド・ザ・ビートルズのメンバーとして、ジョン・レノンと同じく殆どの楽曲を作詞・作曲し、メインボーカルを務めています。ビートルズ解散後は、ソロ歌手として活動を続け、またウイングス(ポール・マッカートニー&ウイングス)等のメンバーとして活躍しておりました。そんなデビューから半世紀以上も経過した2015年現在においても、現役ミュージシャンとして第一線で活躍しています。

ポールの特徴

 世界で最も有名なポピュラーミュージシャン、シンガーソングライターの一人である彼は、軽快で親しみやすく美しいメロディ、あるいは深く切ない、哀愁漂うメロディーの作風に特色があり、ザ・ビートルズ時代においては「イエスタデイ」、「ヘイ・ジュード」、「レット・イット・ビー」等、ビートルズの代表曲と言われる楽曲の大量にを作詞作曲していました。1960年代半ばに哲学者のバートランド・ラッセルよりベトナム戦争について学んだことがきっかけでグループに政治的関心を持ち込んでしまい、それが原因でエルヴィス・プレスリーとレノンが衝突しています。解散後の1970年代には、ウイングスのリーダーとして、1980年代より後はソロとして活躍し、全米チャートの首位に9曲、トップ20に20曲より上を送り込んでいます。2000年より後も作品をリリースし続けていて、近年ではクラシック音楽も手がけているそうです。

 ビートルズ時代から現在まで、バンドではベースを主に演奏しています。彼のメロディアスなベースラインは高評価で、後のロックバンドにも大きな影響を与えたと言われています。他にもギター、シンセサイザー、キーボード、ドラムス、ウクレレ、フラットマンドリン、また管楽器をも奏でられるという異常なほどのマルチプレイヤーっぷりで知られています。「タックスマン」「涙の乗車券」等ビートルズ時代のいくつかの楽曲ではリード・ギターを担当し、また「バック・イン・ザ・USSR」「ディア・プルーデンス」「ジョンとヨーコのバラード」等ではドラムを担当しています。ソロ・アルバム『マッカートニー』や『裏庭の混沌と創造』ではすべての楽器を一人で演奏し、マルチレコーディングしています。

 また、ボーカリストとしても非常に評価が高く、楽器を演奏しながら「リトル・リチャード」等の難易度の高いロック・ナンバーを歌いこなしたり、バラードにおける甘い歌声や、エルヴィス・プレスリーを想起させる唸りを効かせた歌唱法等、多彩なボーカルを聴かせています。ビートルズのメンバーでは最も高い声域を持ち、コーラスの一人多重録音も盛んに行っています。

 1997年に、英国のナイトの爵位を授与、1999年にロックの殿堂入りを果たし、 また近年では、2010年に、米国でポピュラー音楽で世界の文化に大きい影響を与えた作曲家・演奏家に贈られるガーシュウィン賞を受賞し、 国を代表する一人として2012年ロンドンオリンピックの開会式のトリに、「ヘイ・ジュード」を演奏しました。この年に、フランスのレジオンドヌール勲章オフィシエを受章し、 2013年には、グラミー賞開設40周年を迎えるにあたって、1973年リリースの『バンド・オン・ザ・ラン』が、名誉の殿堂賞を獲得しました。

バラク・オバマ大統領から賞を贈られたポール

 米国で大衆音楽において世界の文化に大きい影響を与えた作曲家・演奏家に贈られるガーシュウィン賞を受賞し、授賞式では、バラク・オバマ大統領から直々に賞を贈答されておりました。2012年2月、ダイアナ・クラールらを迎えて制作したスタンダード・アルバム『キス・オン・ザ・ボトム』では第55回グラミー賞で最優秀トラディショナル・ポップ・ボーカル・アルバム賞を受賞し、2月9日には個人としてハリウッド・ウォーク・オブ・フェームの星を獲得しています。 6月4日、英エリザベス2世の女王即位60周年祝賀の『クイーンズ・ダイヤモンド・ジュビリー・コンサート2012』に参加し、コンサートのトリを飾ることもありました。 7月27日、ロンドンオリンピックの開幕式で、会場を埋めつくした観衆と同じく「ヘイ・ジュード」を熱唱しました。

 また、12月には、ハリケーン・サンディ被害支援コンサートでニルヴァーナのデイヴ・グロールとクリス・ノヴォゼリックらと、共演しました。

 2013年10月、オリジナル作品としては5年ぶりとなる最新作『ニュー』を発表。全英・全米では3位、日本では2位とヒットしました。11月には11年ぶりとなる来日公演を大阪、福岡、東京で実施しました。

 2014年5月17日、前年に引き続き来日公演が東京と大阪で予定されていましたが、ウイルスに感染した事による体調不良で中止・緊急帰国。1980年に続き二度目の公演中止となってました。来日公演直後に予定されていた初の韓国公演も中止となって、6月の米国公演は10月より後に延期となってました。7月5日、ニューヨーク・オールバニ公演よりツアーを再開。約三時間40曲を熱唱しました。

また2015年4月、改めて再来日公演を京セラドーム大阪と東京ドームで行うと発表しています。

ポール死亡説

 ある日、米国の大学生がビートルズの楽曲中の歌詞やアルバムカバーに、ポール・マッカートニーが死んでいることを示す証拠がみつかると主張する新聞記事を執筆しました。それをきっかけとして熱狂的な証拠探しが広く行われ、数週間のうちにこの噂は国際的な現象となりました。これに対してビートルズの広報担当は「古臭い全くのナンセンス」というコメントを出すと共に噂を否定しています。そんな死亡説がささやかれてしまっているポールですが、依然元気なままで、70代とは思えない超人振りで、ビートルズ、ウィングス、ソロの名曲を2時間半以上ノンストップで歌い切り、演奏し続けているそうです。

ビートルズとそれからの音楽について